私が、初めて天体望遠鏡用のアクロマートレンズに出合い、月や土星の神秘的な美しさを体験したのが9歳の時でした。それ以来、天体望遠鏡を中心にした生活が始まり、さらに高性能な望遠鏡を求めて16歳の時に初めて反射望遠鏡のミラーを磨いてからは急速に望遠鏡作りへの関心も高まっていきました。そして、その天文ライフの中で自然と身に付いていった知識と経験を生かし、私が最初に提案したアイデアの天体腕時計が世の中に出た1984年からは本業として天体時計に取り組んできました。
その間に様々な天体時計を送り出す中でいろいろな方々に巡り会い、天体時計を通じて貴重な体験もさせていただきながら多くのことを学んできました。同時に少しずつではありますが天体表示情報や機能などを進化させた結果、完成度を高めたオリジナル天体腕時計であるアストロデアの基本シリーズを完成させることができ、現在このシリーズを広く普及させることを目標に日々取り組んでおります。天体時計に関心のある方なら、その過程で生まれたコスモサインやムーンサインと呼ばれている時計のいくつかをご存知の方も多いと思います。
この本を書いておかねばならないと決心したのは、この間に私が関わってきた商品の内容をまとめた総合的な資料がないため、その機構や機能や魅力といったことが世の中には充分に伝わっていないと特に強く感じるようになったからです。また、それらの天体時計が生まれてきた状況には様々な背景があり、商品化された仕様が必ずしも私の目指していたものと一致していないケースも少なくなく、疑問を感じた方々から直接間接に質問を受ける機会を数多く経験してきました。そして何よりも、このままの状態で設計だけを進めて人生を終ってしまったのでは、長年かかって蓄積した設計情報を生み出してきた天体時計への想いが、この先も私の中に留まったままの状態で消え、その考え方や商品作りの心まで世の中に受け継がれることはないと思われたからです。
本書は、私が今までに世の中に送り出した主な天体時計をほぼ年代順にまとめたもので、時計機構よりも天文学の視点に立った天体表示面の設計に主力を注いだ新しい考え方の天体時計であるアストロデア天体腕時計の基本シリーズが完成するまでを記したノンフィクション開発物語です。本文は、各話を内容別に章にまとめることにより天体時計の商品化の流れをより理解し易くしたつもりです。その中には、市販までには至らなかったものの設計データがその後の商品開発に役立っていて技術的にも高度で重要な意味を持つ星座クロックの試作品や、ごく少数しか販売されなかったものの同じくその後の商品開発に役立っているクロックの機種なども紹介してあります。また、私の歩んできた天文ライフへの理解の手助けになると判断し、天体時計を生み出してきた経過の中での天体望遠鏡製作の話なども加えてあります。
太陽や月や星の運行の基礎知識があり、天球上でそれらの動きのイメージを描くことができれば、本書にある天体時計の基本的な機能や動きを理解することは容易です。加えて個人的に使う目的であれば、それら天体時計の運行条件を満たす機構を理解して設計製作する技術がある方が、一般的な時計のムーブメント(時計に内蔵されている駆動部分)をベースに作ることさえ可能です。それに必要な天体情報は、星表や星図あるいは天文解説書の他に、現在では天文ソフトやインターネットなどからも入手することができます。それらを解読して判別する天文の基礎知識は必要ですが、本書の天体時計に必要な計算式は球面三角関数までの範囲です。それらの基本数式などは天文解説書にも載っており、使用範囲の三角関数を使いこなせれば、天体時計の基本設計まではできるのです。
私は、天文に関してはプロではなくアマチュア天文愛好家のひとりであり、プロを含む先人達が築いてくれた知識と情報を組み合わせて自分なりに工夫しながら新しい考え方で天体時計を設計してきたに過ぎません。しかし、商品として通用する真の天体時計は、その生命でもある天体表示面の情報が正確で充実している上に、レイアウトや色彩のバランスを含めた機能デザインにも優れていることが求められます。それには設計者個人の長年の継続により積み重ねた設計データを含む設計上の技術と経験も不可欠ですが、それだけでは真の天体時計を具現化し商品として世の中に送り出すことは不可能であり、時計メーカーや販売店や出版社といった製造からお客様に至る間の周囲のネットワークの理解と協力があってこそ初めて可能となるものです。長年に渡って各種天体時計の商品化に協力していただいているメーカー各社および関連各社のご厚意に深く感謝申し上げねばなりません。
本書によって世の中の天体時計への関心が高まり、日常生活の中でも天体時計を使う機会が増え、天体への興味を通して自然環境への関心も高まり、私が小学生だった時代のあの美しい星空に少しでも戻せたならば、筆者としてこれ以上の喜びはありません。 |